兼松株式会社Kanematsu Corporation.
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がむしゃらの学生時代がくれたもの/安孫子 陽平

カッコイイ英語を喋れる大人になりたい!という気持ちから授業もテストもレポートも全部英語でおこなう国際教養学部に入学して、在学中にアメリカに留学をしました。当時の自分は、英語はおろか日本語の標準語も危うく、英語のイントネーションが山形弁と一緒という有様でしたが、出会った人々に恵まれて何とか卒業する事ができました。

ペット事業室で輸入販売の提案営業をおこなっています。毎日様々な国の取引先とやりとりをしながら一緒に案件を進めています。メールや電話、海外出張時など、日々の仕事でのコミュニケーションに占める英語の割合は非常に大きいので、学生時代に培った英語力に本当に助けられています。また学生時代に多様なバックグラウンドを持つ人々と出会えた経験は、日本人・外国人共に本当に多様な価値観・個性を持った人々と一緒に仕事をする今、活きているなぁと実感しています。

飛び込んだ世界に出会いがある/福岡 美由希

国際関係に興味があり、2年生のときから自主的にゼミに参加させてもらったり、模擬国連や学生会議に参加したりと活動的に過ごしました。2年時にEUを学ぶために留学することを決意。「EUの首都」とも呼ばれるベルギーに一年間留学し、勉強のほか、地の利を生かしてのべ11カ国に旅行するなど充実した一年を過ごしました。また留学中の授業を通して、企業が取り組む食糧プロジェクトと途上国開発の関係に強い興味を持ち、帰国後はその興味に沿った仕事のできる商社を中心に就職活動をおこないました。

現在は、就職活動の軸であった①生活必需品(とくに食糧)にかかわること、②海外とかかわることの両方に合致したチームに属し、船1つで5~6万tという数量や、商品相場、為替の金額の大きさに圧倒されながらも日々奮闘しています。入社1年目の夏に米国に出張した際には、地平線まで続く大豆やとうもろこしの畑と、米国農業のスケールの大きさに衝撃を受けました。上京して2年、何かと気を配ってくださる上司・先輩、週末でも一緒に遊んでくれる同期に囲まれ、充実した社会人生活を送っています!

ビジネスが地球に対してできること/佐藤 隆

モンゴルでゴビ砂漠における水循環について研究していました。雨季に砂漠に張り込み、一年に2~3度程度しかないスコールをひたすら待ち続ける。スコール後は日の出から日の入りまで毎日観測を行い、徹底的に自然と向き合う日々を送っていました。学会誌への論文掲載を目指して、社会人になってからも週末などを利用し、論文を作成していました。仕事の合間での作業は辛かったですが、自分の論文が掲載された学会誌を手にしたときは感慨もひとしおでした。

環境問題に興味があり、自然現象の理解に力を入れた学生時代を送ってきましたが、自然環境の変化を理解するには人間活動(たとえば砂漠化を進行させる過放牧)も知る必要があると感じました。商社に入社した今では、日々人と向き合い、理屈通りにはいかない状況で悪戦苦闘しながらヒト・モノ・カネの流れについて学んでいます。事業をおこなう中で、ビジネスで利益を生むことと環境問題の解決の両立の難しさも実感しています。しかし今後も人間活動と自然の調和を図る方法を探究し、よりよい世界の実現を目指して仕事を続けていきたいと思っています。

千里の道も一歩より/辰見 吉昭

私の大学院時代は土日も問わず研究室に住み着いていました。当時華やかそうに見えた研究の世界は、実際は地味。毎日実験を繰り返してはデータを積み重ね、小さな発見に少し喜んではまた実験……という生活でした。

学生時代に華やかそうに見えた商社の仕事も、今思うと研究とそう変わらないと感じています。日々の業務の積み重ねで少しずつ仕事の領域を増やしていける。大変なことも多いですが、「常に少しずつ進んでいる」という実感があるのでやめられません。

“わかりあう”を大切に/大橋 知明

学生時代は①留学生との交流②研究活動に力を入れていました。大学の留学生寮に2年間住み、留学生たちと衣食住を共にしたことで様々な国のバックグラウンドに触れ、コミュニケーションの方法や相互理解を円滑に進める方法を実践的に学ぶことができました。大学院では苦味の研究に従事し、実験とディスカッションに明け暮れる毎日を過ごしていました。

留学生寮で過ごした経験が、現在では海外の担当者の性格などをよりよく理解し、取引を円滑に進めることに役立っていると思います。また、畑は違いますが、食という点では研究で培ってきた知見が活かされる場面も多くあります。

すべての出会いがビジネスを紡ぐ/志熊 史千

世界40カ国をバックパックで旅した際に、ある商社パーソンと出会い、その方からどんなこと・人・モノもビジネスになり得ることを教わりました。その出会いの後、ビジネスチャンスを探しながらなおも旅を続けていたところ、ボリビアでアルパカのオーダーメイドセーターを見つけました。私の父がアパレルショップを経営していたこともあり、アルパカのセーターが高値で取引されることを知っていた私はこれを輸入して日本で販売することに。どのようなデザインが売れるか日本にいる父と電話会議を重ねながら、製品を作り上げ、輸入し、販売(輸入には関税や書類が数多く絡みとても大変でした)。結果として旅の資金を賄える程の利益を生むことができました。

当時の考えや思いは基本的には変わっておりません。どんなこと・人・モノもビジネスチャンスになり得ると思っていますし、積極的にビジネスの拡大・創造をしていっております。一方で、社会人になり学んだ点(考えを新しく身につけた点)は、営業として働きながらも職能部門(コーポレート)の知識を併せ持つことの必要性です。学生時代の輸入の経験の話でいえば、あれは何の契約書もないような取引でリスクがとても高いビジネスでしたし、輸入に際してかかる費用も非常に高かったです。現在は法務部とリスクヘッジをおこない、運輸保険部と最適な貿易をおこなうなど、職能部門の方々と共に利益の最大化を図っていっております。

あの日の思いのこもった仕事を/山岡 優里

大学時に2年間休学し、エチオピアの日本大使館で勤務していました。現地ではエチオピア人とのタフな交渉事も多く、日本にいては得られない様々な貴重な経験をさせて頂きました。

現在はエチオピアとコーヒー豆のビジネスをしており、当時の経験が大いに役に立っています。苦労することも多くありますが、学生時代にエチオピア人に助けられたり育ててもらったりしたという感謝の気持ちが強いので、持続可能なコーヒービジネスで現地に恩返しできるよう日々邁進しております。

真に幸福なビジネスを探して/市川 凜

手塚治虫の漫画「ブッダ」に感化され、聖地天竺(※インドの旧名)へ行きました。天竺は非常に貧しい土地です。その環境で生きる人々と接し、生活の困難やその解決策について研究をしました。当時、自分が悪者として捉えていたのは、政府や企業等「開発する側」の人間たちでした。一方で、彼らは本当に悪者なのか?という疑問も持っていました。自分が開発側に立ってみれば、新しい視点や解決策が見つかるかもしれないと考えたのが、結果的に商社を志望したきっかけです。

今の業務は海外の農産物(蜂蜜や黒糖等)を輸入し、日本企業や他国に販売する所謂バイヤーです。発展途上国や第三国の供給元(サプライヤー)とも商売をします。正直、日々の業務や数字に追われ、つい自社の利益を優先させてしまいがちで、3年前の自分が考えていた悪者状態です。そんなジレンマを感じつつも、俯瞰的・多角的に物事を捉え、現地と自分お互いが幸せになれる商売をするためには?と自分なりに模索しながら業務に励んでいます。

挑戦を心から楽しめ!/市村 侑磨

学生時代には挑戦を楽しむことを忘れないようにしました。特に大学を休学し半年間バックパッカーとしてアジアを周った経験が印象に残っています。初の海外旅行でビザとビザカードの違いもわからないような状態で出国しましたが、現地での様々な出会いや経験から、多様な文化や市場におもしろさを感じ、帰国した際には、将来的にも世界中と広く関われるような環境に身をおきたいと、強く感じたことを記憶しています。

学生時代からの挑戦を楽しむ姿勢は変わっていません。当時抱いた思いから商社で働くという選択に至り、現在は主に台湾向けの電子材料ビジネスを担当しています。毎日のように困難な問題が発生しますが、周りの方々の協力を得ながら、その問題を解決し取引先の信頼を得ていくことを非常に楽しめていると思います。

提案する姿勢が、仕事を“自分色”に染める/岩﨑 正隆

大学院生時、砂漠化対策の研究をしていました。自ら積極的に教授に提案することで、福岡を拠点としながら地球規模(福岡・名古屋・沖縄・カナダ・韓国・モンゴル等)に調査地を広げることができました。

「積極的に提案する姿勢」は、社会人になっても軸になっていると思います。最初はたとえば「1つの作業の効率化」など小さな提案かもしれませんが、その提案内容を徐々に大きくしていく事は、常に目標として持っております。