PROJECT 04

鉄鋼・素材・
プラント部門

SATOSHI
ARISAWA
有澤 智司
エネルギー部直売課
1997年入社
経済学部 卒

兼松のエネルギー事業の新たな挑戦。
地球環境・社会に貢献する太陽光発電事業を実現。

CHAPTER 01

自らが事業創造に挑む日を夢見て。

太陽光発電事業を手掛けられる。そう確信した時、有澤は心の中でガッツポーズをした。「これで、入社以来熱望していた“事業創造”の仕事ができるのだ」と。

時は、1997年にさかのぼる。有澤は超大型LNG案件を手がける兼松に大きな可能性を感じて入社し、エネルギー分野に身を投じた。「動機は単純。巨額の収益をもたらすビジネスの仕組みをつくる商社パーソンに憧れたのです(笑)。環境にやさしいエネルギー、およびインフラづくりに取り組めるのも大きな魅力でした」

ところが1997年のアジア通貨危機に端を発する経済危機により、多くの企業が打撃を受ける中、兼松もまた思うように収益が上がらない苦難の時代へ。1999年には、収益力の向上および財務体質の強化を柱とした「構造改革」を実施するに至った。そんな中、エネルギー部も、有澤が思い描いていたようなプロジェクト案件から一旦退き、商社の重要な機能であるトレーディングに特化した戦略にシフト。再び、「事業創造」に挑む日の訪れを待つことになった。「今振り返ると、若い頃に商売の基本を徹底的に学べたことは自分にとってプラスになりました。また、いつの日か事業創造に取り組む日をにらんで、書物を読み漁り、プロジェクトの基礎を勉強したのもこの時期でした」

CHAPTER 02

チャンス到来。初の再生可能エネルギー事業へ。

再びチャンスが巡ってきたのは、2012年。発端は、日本でFIT制度(固定価格買取制度)が発足し、国として再生可能エネルギーの活用・拡大に力を入れる方針が打ち出されたことだった。この時、エネルギー部が着目したのが、当部が所有する神戸の遊休地である。この遊休地は、元々14万KLのキャパシティを持つ油槽所だったが、阪神淡路大震災でダメージを受け、1999年に営業を停止。その後更地となっていたのだ。

「遊休地を活用し、兼松初の太陽光発電事業を実現できないか?」プロジェクトリーダーに抜擢された有澤は、このアイデアの価値を見極めるために、神戸の遊休地とは別に、兼松が保有していた名古屋油槽所内の敷地に小型で低圧の太陽光発電プラントを建てて実験を行い、データ収集・分析を行った。その期間は2014年から2017年の実に3年間に及ぶ。この間の1年間、有澤は企画部へ異動。兼松グループ全体の多くのプロジェクト案件に触れ、プロジェクトに関する知見を得る経験もしている。

ここで冒頭の場面に戻る。2017年に再び、エネルギー部に戻り、小型プラントの実験で収集したデータとその分析結果を確認した時、有澤は事業の実現可能性の高さを確信するに至ったのだった。その後、協業先である複数のパートナー会社のアサインをはじめ、プロジェクト立ち上げの準備を進めた。「土地、収益性、パートナー会社、事業スキーム・・・この段階でようやくすべてのピースが揃い、自分の頭の中で事業成功への道筋が描けました。このタイミングでやらない手はない・・・そう強く思いましたね」

CHAPTER 03

10を超える会社・機関と向き合うリーダーとして。

2017年秋、会社のゴーサインを受け、プロジェクトは一気に走り出した。「最も苦労したのは、時間のやりくり(苦笑)。エネルギー部は少数精鋭です。トレーディング担当として国内営業に走り回り、かつ最先端の金融工学を駆使(!? 笑)した先物取引でリスクヘッジを行い、さらに海外からの引き合いにも瞬時に対応する。そんな中、プロジェクトを管理・推進していくために、同時並行でマルチタスクをこなす才覚と知恵が求められました」

課題はいくつもあった。その中の一つが、国、県、市との許認可関係の調整だ。「問題は、制度自体が頻繁に改定されること。買取価格の変更にも数度直面し、その度パートナーと密に打合せを行い、採算性やリスクの見直しを行うなど、タイムリーに対応していく必要がありました」

本プロジェクトに関わるパートナー会社・機関の数は10を超える。それぞれ個別の事情もあり、想定通りのスケジュールではなかなか進まない。そんな悩みを抱えながらも、有澤はプロジェクトメンバーで協議し合い、可能な限り想定スケジュールに近づけるべく努力を続けた。

土地を祓い清め、工事安全を祈願する四方祓い
CHAPTER 04

事業創造の第一歩は、始まりに過ぎない。

2017年末、プロジェクトは正念場を迎えた。あるパートナー会社から、「今の制度では、当初の想定通りの運用を行うことは難しいでしょう。事業の前提を一から見直すことになるかも知れません」との申し出があったのだ。これではプロジェクト自体が立ち消えになりかねない・・・有澤は青ざめた。しかし、ここで幸いしたのが、関係官庁からの後押しだった。有澤たちのこれまでの熱心な取り組みが関係官庁の担当者の心を動かしたのかも知れない。担当者から制度についての詳細な説明が功を奏し、パートナー会社の納得が得られ、プロジェクトは存続することになった。

そして今、2019年3月の運転開始を目指して、太陽光発電所の建設工事が着々と進行している。「建設後、長期間にわたり発電所を管理・運営しながら、電力を販売し収益を上げていく。そして、それを継続していくことで社会貢献を果たしていく。ここからが私たちの事業の本当の始まりです」

そんな中、有澤は自らが「事業創造」の一歩を踏み出せた感慨に浸る間もなく、次の新しいプロジェクトへと動き始めている。「アイデアは次から次へと湧いてきます。本プロジェクトで得た知見を活かして、そして、パートナーの皆様・社内の上司・同僚の方々への感謝の気持ちを活力源として、今後も数多くの事業創造を手がけていきたいですね」

工事を前に整然と並べられた鋼管杭
BUSINESS INDEX