MEMBER 01
広域

鉄鋼・素材・プラント

TOSHIFUMI AKIYAMA
穐山 俊文
鉄鋼貿易部第五課 課長
2003年入社
文学部 卒
相手の立場に立って考える。
OUTLINE
OUTLINE
穐山は、鉄鋼製品の輸出・販売を行う部署で、主に油井管をはじめとした鋼管の輸出・販売を担当。また、課長として課の業績を達成し、事業を拡大する役割を担っている。「メインのお客様はアメリカの石油会社。そのほか、タイや台湾、ドイツ、インドネシア向けの仕事などがあります。我々は鉄鋼メーカーさんにとっては販売の前線部隊であり、戦略を共有するパートナー。一方で、お客様にも寄り添い、求める価格や納期等の条件を鉄鋼メーカーさんから獲得するよう頼られる立場。主張の異なる両者との話し合いを重ね、いかに合意に漕ぎ着けてオーダーとしてまとめ上げるか。ここに商売の難しさと面白さがあります」
EPISODE

自分の価値を発揮し、
事業パートナー会社の事業をサポート。

入社11年目だった穐山は2013年から3年半、かつてオイルブームに湧き、"Oil Capital of the World"と呼ばれた米国オクラホマ州タルサに拠点を置くSSOT社(Steel Service Oilfield Tubular)への出向を経験した。SSOT社は、兼松50%出資の油井管問屋【*1】。30年の事業パートナーであり、兼松は、SSOT社を通じて、米国の大手石油会社に油井管を販売している。

実は、兼松から同社への派遣は、穐山が第一号。ということもあり、あらかじめ仕事が用意されているわけではなかった。「私がまず取り組んだのは、いかに自分の価値を出して仕事をつくり、仕事を任せてもらえるか。完全にゼロベースからのスタートということもあり、最初のうち、SSOT社の社員の方々は、外部から来た私を警戒していましたし、情報をあまり出したがらない様子でした」

SSOT社で、たった一人の日本人ということに加え、英語でのコミュニケーションの壁もある。街に住む日本人もかなり少数であり、完全なアウェイ。それでも穐山は怯まず立ち向かった。「兼松の社員であることを一旦忘れて、『SSOT社で一緒に事業に取り組む仲間として、サポートするために来た』という姿勢を前面に押し出しました。私が仲間であり役に立つ人間だと思ってもらわないと、何も始まらないですから」

穐山は鋼管の発注、在庫管理、油井管の加工の手配からコストや売値の計算まで、あらゆる面でサポートを行った。中でも穐山がその価値を発揮したのは、技術的側面だった。「例えば、お客様である石油会社の井戸がどのような腐食環境にあるのかを把握し、それに対してどんな材質の油井管が最適なのか。長年の実務や鉄鋼メーカーさんから学んで会得した技術的知見を駆使して、セールスパーソンへの助言や石油会社への情報提供を行い、SSOT社の商売に大いに貢献できたと思います」
やがて穐山は仲間として認められ、いつしか営業・技術アドバイザー&コンサルタントというべきポジションを獲得していた。そのポジションは今、後輩へと受け継がれている。

「兼松からこちらへ移らないか」SSOT社から日本に帰任する際に、社長から贈られた最後の言葉は、その後の穐山の大きな自信ともなっている。

【*1:油井管】油井やガス井で、石油や天然ガスを採取し、汲み上げる際に使用されるパイプ。地中や海中などの厳しい環境下における耐食性が求められる。
TULSA OKLAHOMA
Q&A
兼松で働く魅力
一緒に働きたい、一緒にオンでもオフでも付き合っていきたいという人が多いこと。入社の決め手でもありましたし、入社後もそれは変わっていません。また、組織の中に埋もれず、自分が主役になれるし、目立てる会社です。風通しもよく、一人ひとりの声を柔軟に取り上げてくれる風土があり、自分次第で組織や会社を変えていくことも可能です。
今後実現したいこと
アメリカの油井管販売事業、及び買収したベンワ社の油井管ネジ切り加工事業は、当社の先輩たちが長年に渡って築いてきた事業であり、特定の領域では世界の中でも当社が一番力を入れています。今後も、自分たちの新しい世代でこの事業を拡大していきたいと考えています。また、この事業での経験を参考にして、自分が中心となり、新しい事業の構築を成し遂げたいですね。
あなたにとって商売とは?
商売の相手である、お客様とサプライヤーさんのどちらにもハッピーになってもらうこと。そのためにいつも、相手の立場に立って考えたり発信することを心がけています。またお客様の本音や、本当に必要な情報は真正面から聞いてもなかなか教えてもらえないものなので、いかに何気ない会話の中で情報を取るかを重視し、実践しています。
仕事の失敗談
入社6年目、米国ヒューストンに駐在していた頃、お客様の支払い能力に対する管理の甘さが災いして、10億円が回収不能となりかけたことがあります。当時、好景気だったことからイケイケドンドンで受注を重ねていましたが、気がついたらお客様からの支払いが滞り、納入済み商品の未払い債権が積み上がっていたのです。最終的に上司が奔走してくれたおかげで無事に売上債権の回収はできたのですが、受注を決めて終わりではなく、代金の回収までが商売であり、お客様の状況把握は怠ってはいけないという、大きな教訓を得ました。
出向先の社長・同僚来日時に新橋ガード下にて
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